牧野信一『バラルダ物語』に描かれた山北の「お峰入り」…その後
「もう一度山北を訪れてみなければ…」と筆者は独り言ちたのである。
(続く)
… と2023年暮れに書いて、早2026年3月となっている。
2024年に山北駅より、徒歩で大野山をめざし旧共和小学校手前までたどり着いたが、天候悪化で引き返してから、再訪する機を逸していたが、昨年近田茂芳氏の快著「牧野信一の文学-その作品と人の資料的考察-」の下巻の冒頭に下記の考察が記されているのを「発見」した。拙稿で、『「バラルダ物語」と「お峰入り」の関係について、研究者もあまり触れていない…』などと不用意に書いてしまい、恐縮至極である。下記に引用させていただく。
-この竜巻村の神輿行列や唐松村の仮面野外劇なるものは、ガスコンの原始民族の祭りの様子に似ているとのことだが、小田原近在の祭りでは近年になって、お城まつりが催される際に各神社の神輿が勢揃いした神輿行列を行うことがあるが、牧野が生存中にはそんな神輿行列はなかった。そこで思い浮かぶのは山北町の「お峰入り」である。起源は南北朝時代から旧共和村に伝わると云う、山伏の入山修行儀式の中世末期の豪華絢爛たる風物で国指定無形文化財になっている。その行列は先払い、獅子、おかめ、山伏。まとい、笛、太鼓、棒踊り、台弓、奴。まんどう、国見役、毛槍、長刀。殿様、若殿、立傘、立ほこ、などの順で進み、十種類の踊りを披露、殿様らによる蹴鞠もあると云った内容で、天狗は登場しないものの原始時代の祭りを彷彿とさせる内容である。牧野がこの「お峰入り」を見ていたとしたら、それに道了尊の天狗や松原神社の神輿を仲間入りさせ、それにガスコンの原始民族の祭りをだぶらせて演出したのかも知れない、と勝手に想像したくなる。-
(近田茂芳「牧野信一の文学-その作品と人の資料的考察-」下巻P13)
本年2026年は牧野信一生誕130年にあたる。生誕月の11月には小田原文学研究会で顕彰イベントが開かれる予定である。そして、本日3月24日は没後90周年の命日である。
これより、約半年の間、読書ファン・翻訳者・文学研究者・朗読者・他の文学団体の方々と
『マキノ円卓子の会(仮称)』を開き、「バラルダ物語」と「お峰入り」の関係をはじめ、牧野信一の作品に秘められる数々の「魅力的な謎」を解いて行きたいと想うのである。(2026年3月24日記)
