■2009年開催朗読会
6月27日『月あかり』朗読会案内PDF(終了)
■2008年開催朗読会
9月21日『ゼーロン』朗読会案内PDF(終了)
7月27日『心象風景』朗読会案内PDF(終了)
■朗読者、蔀英治氏のインタビュー『マキノを音声で伝える快楽、聞く快楽』(05/03/18)
(告)2005年3月17日、「牧野信一の文学」を昨年上梓された近田茂芳氏が逝去されました。慎んで哀悼の意を表します。
関連ページ:『牧野信一の文学』刊行(近田茂芳著・夢工房)
(告)2004年8月29日、種村季弘先生が逝去されました。直ちには何の言葉も吐けませんが、慎んで哀悼の意を表します。
・作家牧野信一(1896-1936)は、ちょうど1世紀前の11月に小田原で生まれ、39歳の時同じ小田原の地で、追いつめられた脱走兵士のように自殺しました。処女作「爪」に始まり、出世作「父を売る子」を経て、<ギリシャ牧野>と称された一群の傑作を生みだし、遺稿「サクラの花びら」で幕を閉じた彼の<文学との格闘>は、第1次世界大戦が終わる1919年に始まり、帝都を揺るがせた2・26事件の一ヶ月後の自死まで、つまり2つの大戦の戦間期に繰り広げられていたのです。
・牧野信一は、処女作「爪」を島崎藤村に見いだされて文学的出発を行うと、葛西善蔵・宇野浩二・久保田万太郎ら大正文壇の作家たちに<弟>のように可愛がられて文壇に登場しました。昭和初期には生地小田原での若き芸術家たちとの奇妙な<共和生活>を通じて、一時のスランプを吹き飛ばし、独自の<魔術的リアリズム>とも呼ぶべき作風の作品を次々と発表し、若き小林秀雄・河上徹太郎の絶賛を受けて輝いたのです。また彼は同時期に稲垣足穂をはじめ、坂口安吾・井伏鱒二・石川淳などの才能をいち早く賞賛し、すくい上げた<鋭い読み手>として戦後文学の<兄>にもあたる存在でもあります。その意味で牧野信一は、まさに日本近代文学史の隠れたキーパーソンの一人なのです。
・しかし、いわゆる私小説中心の大正文壇やプロレタリア文学と新興芸術・モダニズム派との抗争に明け暮れた昭和初期の文壇の<規格>からは常にはみ出してしまう彼の作品群は、いつの間にか<傍流の>とか、<マイナーポエット(小作家)>とかいうような冠称がかぶせられ、現在では残念なことに、数冊の文庫(岩波文庫、福武文庫、講談社学芸文庫。これらはコストパフォーマンス抜群の楽しみを読者に与えてくれますよ!)と何冊かの作品集(沖積舎、国書刊行会など)でしか、読むことができない作家の一人となってしまっています。
・マキノ君(彼の<デカダンス>を賞賛した河上徹太郎にならってこう呼ばせてもらいます。)は、幼少時に渡米した父がアメリカから持ち帰った新旧さまざまな欧米の文物を貪欲に吸収して育ちました。そのために、聖俗入り交じったさまざまな英文のテキスト、発生期の映画、戦前のアメリカの流行音楽などとも独自の交点を持っていました。さらにマキノ君は、大正私小説全盛の時代に仕事を開始しながら、私小説を書きつつある自分を対象化する小説を書くことで私小説的方法に対し懐疑を表明し、自己の文学的基盤を求めるため、プラトンからアリストテレスにいたるギリシャ哲学から、「ドン・キホーテ」のセルバンテス、「ファウスト」のゲーテを経て、「ユリイカ」のポーに漂着する<西洋>の哲学・文学の全体を辿る探求の長旅に向かったのです。その意味でマキノ君は<当時最新鋭の作家>でありながら、かつ<とても古典的な作家>であることができたのです。
・しかし、彼は単なる理智の作家(小林秀雄)ではありませんでした。彼を貫流する<痛切な危機意識>がその文体と作品の構造に独特な緊張を与えるのです。 ”この危機といかに対決するのか? または和解するのか?” 私達読者のテンションも、威勢はよいが、いくぶん頼りなく、そしてかなり酒クサイ主人公たちに付き合って上昇と下降を繰り返します。 マキノ君の戦場は特殊で、その戦略はあまりに独特だったのです。このような作品と文学に対する姿勢が、押し寄せる政治とマス・メディア化の波に翻弄されていた同時代人から<反時代的>と指弾され、あるいは嘲笑されたのは無理もないかも知れません。しかし、今日の我々の目から眺めると、作家牧野信一はたった一人で<本当の文学の戦い>を戦っていたのではないか、という気がします。それは「西瓜喰ふ人」「鱗雲」「吊籠と月光と」「ゼーロン」「鬼涙村」など彼の残してくれた傑作短編を味わう度に私達が感じる<鮮度感>・<速度感>によって十全に証明されていると思います。ではマキノ君の<危機意識>とはいったい何だったのか? その解答は私達読者自身の脳髄や胸中を探索しないと発見できない種類の謎でありましょう。マキノ文学の第一の特徴はこうした多義性にこそあるのです。(1996年10月)
・本ホームページ『続・西部劇通信』は、この素敵な作家牧野信一の生誕百年を記念して1996年に開設されました。彼の生涯と作品に触れるひそかな入り口として、また作家研究のデータベースとしてご利用ください。(編集担当 熊谷真理人)