柳沢孝子(日本橋女学館短期大学)
ギリシャ牧野への招待
僻村の居酒屋のどんちゃん騒ぎは突然アウエルバッハの幻を呼び、村祭りの大太鼓はガスコンのバラルダに変じる。貧困生活の中で着物も持たない彼は、インディアン・ガウンをまとい、そしてマキノ氏は、今や駄馬となりさがったゼーロンに呼びかけるのだ。「五月の朝まだきに、一片の花やかなる雲を追って、この愚かなアルキメデスの後輩にユレーカ!を叫ばしめたお前は、僕のペガウサスではなかったか! 全能の愛のために、意志の上に作用する善美のために、苦悶の陶酔の裡に真理の花を探し索めんがために、エピクテート学校の体育場へ馳せ参ずるストア学生の、お前は勇敢なロシナンテではなかったか!」
こんな歯の浮くような気取りには耐えられないと言う前に、牧野信一の世界をぜひ紐といていただきたい。この気取りのナンセンスな笑いの奥に、彼の綴る白昼夢の奥に、透き通るような悲しみと不安とふるえる心を見つけるだろう。人間の根源に横たわる、おそらくそれは生そのものへの不安……。
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